
人はこの世に生まれて、土へ還るまで心を求める旅をする。
心を求める旅をした心は、再びこの世に生まれ来るまで、
み仏様の元で心を純白にする魂の旅をする。
それは螺旋階段のように過去から未来へスパイラルして繋がっている。
人はこの世に行動(身)と言葉(口)と意識(意)を与えられて生まれ来る。
み仏様の元で『心』を純白にする『魂の旅』をしてきても、
この世は身口意の汚れで満ち満ちてしまっているから、
その汚れにいつしか染まってしまう。
染まってしまうから心が右往左往してしまう。
与えられた身口意からも心の右往左往(貧。瞋。痴。慢。疑。邪。)が起き
易い。
己の身口意が世間の汚れに染まらないように、
また、心の右往左往(貧。瞋。痴。慢。疑。邪。)が起こらぬようにしていきさえすれば、心が鎮まっていくことを久遠の昔から仏典では説いている。
人がみな、幸せになる道は個々の身口意の在り方を見つめなおし、
行なわないようにしていけば、幸せという調和の響きが響きあう道が生ま
れてくるのではないでしょうか。
調和の響きは家庭を護ります。
そして、調和の響きは我々が生まれた命の大地、命を育む地球を護ることでしょう。
心を求める旅をした心は、再びこの世に生まれ来るまで、
み仏様の元で心を純白にする魂の旅をする。
それは螺旋階段のように過去から未来へスパイラルして繋がっている。
人はこの世に行動(身)と言葉(口)と意識(意)を与えられて生まれ来る。
み仏様の元で『心』を純白にする『魂の旅』をしてきても、
この世は身口意の汚れで満ち満ちてしまっているから、
その汚れにいつしか染まってしまう。
染まってしまうから心が右往左往してしまう。
与えられた身口意からも心の右往左往(貧。瞋。痴。慢。疑。邪。)が起き
易い。
己の身口意が世間の汚れに染まらないように、
また、心の右往左往(貧。瞋。痴。慢。疑。邪。)が起こらぬようにしていきさえすれば、心が鎮まっていくことを久遠の昔から仏典では説いている。
人がみな、幸せになる道は個々の身口意の在り方を見つめなおし、
行なわないようにしていけば、幸せという調和の響きが響きあう道が生ま
れてくるのではないでしょうか。
調和の響きは家庭を護ります。
そして、調和の響きは我々が生まれた命の大地、命を育む地球を護ることでしょう。
月光山洗心庵

◎私たちはご供養をするときお花やお水をお供えします。
これには六つのお供え物をしてご供養をし、
そのご供養の意味を実践して我々の姿勢も正す、という修行です。
供養をすることによって霊魂も十三仏の仏様の御元で、
魂を清め磨く修業を33年間かかって行なうのです。
その修行を見守るのが十三仏の仏様です。
一、水は布施行(施す心。分かち合う心)
一、塗香(ずこう)は持戒行(規律やルールを守る心)
一、花は忍辱(にんにく)行(我慢する。耐える。忍耐の心)
一、線香は精進行(まっすぐ進む心、努力する心)
一、ご飯は禅定行(安定した心。落ち着いた心。)
一、ローソクは智慧行(智慧や機転を働かせる心)
私たちは六種のお供え物を供えてご供養することで、このように供養のあ
り方から、人間としての生きる道を教えてもらいます。
その他にも人間は人間の心に巣くう三毒三悪(貧とん…むさぼり。瞋じん…怒り。恨み。癡ち…無知)などが日々の暮らしを生き難くしています。
生き難くしているのは我々自身であり、ご先祖様は仏様の御元での修行を行いながら、我々自身が生き易く、また、我々子孫が良くなるように見守っているのです。そして、末永く子孫の仕合せを願っています。
供養とはご先祖様の為と、我々自身の為の心の修行であり、いつか自ら
へ還ってくる功徳(幸福=福)なのです。
誰もが幸せになれますように祈ります。合掌




















